<全体構成>
龍の起源について、ヨーロッパの悪いドラゴン(一極)と東洋の善い龍(二極)に対して、
中南米に第三の極が存在するか?について考察したものです。
2章 ヨーロッパの悪いドラゴンと東洋の善い龍
3章 ヨーロッパの龍の起源~メソポタミアのシュメール~
4章 ヨーロッパにおけるドラゴンの系譜
5章 東洋における龍の起源~インド・中国・アジア・日本~
6章 日本における龍の起源
7章 中南米における龍の起源:メソアメリカ
8章 中南米における龍の起源:アンデス
9章 結論と考察:龍の起源の第三の極
おわりに
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3章 
ヨーロッパの龍の起源~メソポタミアのシュメール~
 龍がどこで生まれたのかを探求して行くと、古代メソポタミアに辿り着くといわれています。ティグリスとユーフラティス河の流域には、前5000年頃から、ムギを中心に農業に従事した人びとが住んでおり、そこにシュメール人が侵入し、治水と灌漑によって農業を主に、商・工業を発展させ都市国家を築きました。その後、シュメール文明はバビロニア文明により滅ぼされます。
 この歴史と当時の神話を重ねてみると、旧勢力である「シュメール=ティアマト神=龍」は、新勢力である「バビロニア=マルドゥク神=牡牛」に対立する悪神として、退治されるべきものちう図式が見えてきます。
 龍が生まれた起源の地で、蛇や龍(ドラゴン)が悪神視され、「退治されるもの」になった謂れについて解明ができると、ヨーロッパのドラゴンが、悪の化身・邪悪・悪魔とされる原点にたどり着きましたが、一筋縄では解明出来そうにありません。

3-1.メソポタミア神話(古代オリエント神話)

 「メソポタミア神話」というのは「川の間の地域」という意味のメソポタミアの地方に伝わる神話です。メソポタミア地域の神話が現在知られている神話の形に成るまで三つの段階があります。
 最初にシュメール人が生み出したのが「シュメール神話」です。これは楔形文字で粘土板に書かれた、世界最古の神話とされています。
 次にシュメール人を支配したアッカド人が継承した「アッカド神話」です。アッカド神話は大別するとバビロニア神話とアッシリア神話に分かれますが、これは言語の違いだけで、内容にほとんど差はありません。 そのほとんどはシュメール神話と同じ内容で、あるいはそのまま継承されています。特に神々の名称など、シュメール神話同様のものが使用されています。
 そして、この段階でほぼ現在に知られている古代メソポタミア地域の神話は確立しました。これらを総称して「メソポタミア神話」、あるいは「古代オリエント神話」とも呼ばれています。

3-2.シュメール人が都市国家を形成

<先住の民>
 ティグリスとユーフラティス河の流域には、前5000年頃から、小規模ながら灌漑によるムギを中心に農業に携わり、大地母神や女性像、蛇の信仰している人びとが住んでいました。
<シュメール>
 起源前4000年紀の後半メソポタミアにシュメール人が侵入し、南部の両河の流域に人類最初の都市国家を築きました。時代としてはインダス文明より500年ほど以前、中国の黄河文明より1000年以前でした。
 シュメール人がどこからきたのか、詳細は不明ですが、メソポタミアに定住する以前は牛を飼う牧畜にたずさわり、天や牛を崇拝していた民族だったと推察されています。シュメール人は、ティグリスユーフラティス河の治水と灌漑によって肥沃な三日月地帯によって農業を主にし、その後商・工業の発展にともない都市国家を形成することになりました。
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図3-1 メソポタミアの歴史と神話と守護神【筆者作成】

3-3.シュメール人のティアマト信仰:蛇から龍(ドラゴン)へ

 シュメール人は、古い文字「楔形文字」を生みだし、それによって世界最古の神話といわれる「シュメール神話」を遺しました。
 旧世代の神「ティアマト」は、シュメールの時代から古代メソポタミア文明で長く語り継がれて来た聖獣、七俣の大蛇など11の怪物を生み出したといわれますが、ムシュフシュ(サソリ尾の龍)もその一つです。
 ムシュフシュはシュメール語では「怒れる蛇」という意味で、その姿は、頭と胴体と尾は毒蛇(またはサソリの尾)であり、前足はライオン、後足はワシ、頭には2つの角を持っています。
 シュメールの都市国家遺跡から発見された円筒印章(粘土板に転がして文字や図柄を写す円筒形の印章)には、龍や竜蛇と思われるような図柄があります。
 ここで着目すべき点は、先住民が崇拝したのは「蛇」ですが、シュメール時代には、蛇とはいいながら蛇を超えるシンボルが創られ、この怪獣が「龍(ドラゴン)」として登場したことです。
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図3-2 円筒印章に彫られたマルドゥクがティアマト(龍)を退治する場面
【Art Of The Dojo – JMSmith.orgより】

3-4.バビロニアの時代

 バビロニアの創世神話「エヌマ・エリシュ」には、旧勢力であるシュメールの「ティアマト=龍」は、新勢力として登場したバビロニアの「マルドゥク=牡牛」に対立する悪神として退治されます。マルドゥクは「太陽神ウトゥの子牛」という意味で、牡牛神と考えられています。
 神の国にいる牛の神たちは焦り、悪魔(龍の神)の討伐を決意します。牛の神たちは軍隊を派遣してシュメール文明を滅ぼし、新たに自分たちのバビロニア文明を創造しました。
<龍と牛>
 牛が龍を滅ぼすというのは、この時代にどのような意味を持ったのでしょうか。当時、牛が農業に多く寄与をしたこともありましたが、決定的な理由は牛車にありました。牛は運搬用としてだけではなく戦車としても使用され、王権のシンボルとなったのです。
 マルドゥク(=牡牛)がティアマト(=龍)を退治するというバビロニア神話は、農業で繁栄したシュメールを、軍事力にたけた牧畜民であるバビロニアが征服者として支配した歴史を示すメタファとみることが出来ます。
 バビロニア神話では、メソポタミアのシュメール人が崇拝するティアマト(=龍)を、耕地も家畜も家屋も飲み込んでしまう混沌の象徴として、退治されるべきものと位置づけています。
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図3-3 ムシュマッヘ(七岐の大蛇)を退治する図 
ティアマトが生み出した11の怪物のひとつ
【ameblo.jp/hex-6より】

3-5.バビロニアの守護神マルドゥク

 ティアマト(=龍)を退治したマルドゥクはバビロニア王の化身とされ、その姿は「目は四つだった・唇は動くと火が燃え上がった・耳は四つともそれぞれ大きく・それら同様、目も森羅万象をことごとく見尽くす・彼は神々の中でも背が高く・彼の四肢はことのほか長く・丈は上半身だけが群を抜いていた(荒川 紘著 『龍の起源』)とされます。
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図3-4 石板に描かれた神と怪獣の戦い
【ウィキメディア コモンズより】

エピローグ

 自称龍楽者は「退治される龍(ドラゴン)」として、下記の4つを典型としてとらえてきました。
 ①勝者が敗者を悪とする
 ②異文化や異教徒を悪とする:キリスト教(新約聖書ヨハネの黙示録、聖ゲオルギウス)
 ③危害を与えるものを悪とする:自然の驚異や暴力
 ④抑圧されるものが、独裁者を悪とする:カタルーニャのフランコ、ヒトラー
 シュメール人のティアマト(=龍)は、バビロニアに滅ぼされた敗者①であり、大洪水を起こす悪獣③として「退治される龍(ドラゴン)」と位置づけられています。
 世界で最初に登場した龍を求めて、メソポタミアやバビロニアの歴史や神話の世界に踏み込んでみましたがその結果、「歴史」と「神話」の関係をすっきりと納得することは難しい。
 シュメール人が守護神とするティアマトは、《蛇を超える巨悪なものを求めて蛇を進化させ、その時の為政者や人びとが神話の中で新しいイメージを創り、シンボルとした最初の龍(ドラゴン)である》、というのが自称龍楽者の現時点の理解です。

【出典:生部圭助 メルマガIDN 編集後記 第377号 2017/01/01 に追記】

4章 ヨーロッパにおけるドラゴンの系譜