<全体構成>
龍の起源について、ヨーロッパの悪いドラゴン(一極)と東洋の善い龍(二極)に対して、
中南米に第三の極が存在するか?について考察したものです。
2章 ヨーロッパの悪いドラゴンと東洋の善い龍
3章 ヨーロッパの龍の起源~メソポタミアのシュメール~
4章 ヨーロッパにおけるドラゴンの系譜
5章 東洋における龍の起源~インド・中国・アジア・日本~
6章 日本における龍の起源
7章 中南米における龍の起源:メソアメリカ
8章 中南米における龍の起源:アンデス
9章 結論と考察:龍の起源の第三の極
おわりに
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4章 ヨーロッパにおけるドラゴンの系譜

 ヨーロッパのドラゴンは、神の秩序や創造の力に対する混沌を象徴する悪魔として位置づけられています。聖人や英雄の敵として登場するドラゴンについては、西洋の神話や伝承の中にたくさんの事例があります。今回は龍の起源にも深くかかわる《ヨーロッパにおける龍(ドラゴン)の系譜》を示します。

4-1.ヨーロッパの龍(ドラゴン)の系譜

 数少ない経験ではありますが、コンサートツアーでヨーロッパに足を踏み入れ、暇な時間の昼間に歩き回ってドラゴンや仲間たちに出会った龍も参考にして、図のように整理しました。これは、ヨーロッパにおける龍(ドラゴン)についての私の理解を深めることに役立っています。
 ヨーロッパにおける龍(ドラゴン)を、まずキリスト教と神話の2つに分け、キリスト教では大天使ミカエルと聖ゲオルギウスに、神話では、ジークフリートとヘラクレスに区分しました。
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図4-1 ヨーロッパにおけるドラゴンの系譜

4-2.大天使ミカエル
 大天使ミカエルについては、新約聖書の最後に掲載されているヨハネの黙示録の内容が基本となります。ヨハネ黙示録に書かれている大天使ミカエルとドラゴンとの戦いは、写本の挿絵、聖画像(イコン)、宗教画や彫刻に取り上げられているので、たくさんの例を見ることができます。
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図4-2 天使ミカエルがドラゴンを退治する図
    【左:バルトロメオ・ヴィヴァリーニ ベルリン 絵画ギャラリー 撮影:生部
    【中:14世紀シエナ派 テンペラ板 国立西洋美術館 撮影:生部
    【右:NHK-BS4K 究極ガイド 2時間で回るモン サンミシェル 2023/12/26】
<ヨハネの黙示録12章1-6節 太陽の女と七つの頭の龍>
 女は太陽を身につけ、月の上に載り、12の星の冠を戴いていた。この女性はすぐに出産しようと苦痛で叫んでいた。
 7つの頭と10の角を持ち、頭には7つの冠を載せている大きな赤いドラゴンが女の前に歩み寄る。ドラゴンの尻尾はきわめて長かった。このドラゴンは、女性が産んだ子供を食べてしまおうと待ち構えていた。
 生れた子供は男子で、将来人々を治める運命を持っていて、この子供は天の神の御座に引き上げられる。女は荒野に逃げて、神の庇護を受けたという。
<ヨハネ黙示録12章7-9節 聖ミカエルとドラゴン>
 さて天で戦いが起きた。ミカエルとその御使の天使たちが、ドラゴンと戦った。ドラゴンと仲間の天使たちは応戦したが破れ、天に彼らの居場所はなくなった。そこで、この巨大なドラゴン(悪魔ともサタンともよばれる)は追放され、彼に従っていた天使たちもともに投げ落とされた。
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図4-3 ヨハネの黙示録 ジローナのベアトス写本の挿絵
【ジローナのカテドラルに掲示されていたポスターを筆者が撮影】

4-3.聖ゲオルギウス

 カッパドキアのセルビオス王の首府ラシア付近に、毒気を振りまく巨大なドラゴンがいた。人々は毎日2匹ずつの羊を生け贄にすることで、災厄から逃れた。
 しかし羊を全て捧げてしまい、次は人を生け贄として差し出すこととなり、くじで
王の娘が当たってしまった。代わりに王は城中の宝石を差し出すことで逃れようとしたが許されず、8日間の猶予を得る。
 そこに通りかかったゲオルギウスはドラゴンの話を聞き、ドラゴン退治に乗り出す。ゲオルギオスは生贄の行列の先頭にたちドラゴンと対峙、
ゲオルギオスを殺そうとして毒の息を吐いて開いたドラゴンの口に槍を刺して倒す。そして、ゲオルギウスは姫の帯を借りて、ドラゴンの首に付けて村まで連れてきた。
 そのあと、ゲオルギウスは王をはじめ村人に「キリスト教徒になると約束しなさい。そうしたら、このドラゴンを殺してあげましょう」と言うと、異教の村はキリスト教の教えを受け入れた。
 後に、ゲオルギウスはキリスト教を受け入れない異教徒の王に捕らえられ拷問を受け、斬首され殉教者となった、という後日談がある。
 聖ゲオルギウスの物語にもいくつかのお話がありますが、いずれもドラゴンに襲われる町、生贄にされる王女、ドラゴン退治、異教徒の改宗、などがモチーフとなっています。
 スペインのカタルーニャ地方の「サン・ジョルディ伝説」では、白い馬にまたがり槍を持った騎士、赤いバラ(ドラゴンが流した血)がモチーフとして加わる。毎年4月23日は「サン・ジョルディの日 St.jordie’s day」とされ、愛する人に美と教養、愛と知性のシンボルとして、1本の薔薇と1冊の本を贈ってこの日を祝っている。

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図4-4 聖ゲオルギウス ルーカス・クラナハ
【ジョナサン・エヴァンス著 浜名那奈訳 『ドラゴン神話図鑑』より】

4-4.ゲルマン神話:ジークフリート
 北欧系の古い伝説には、邪悪なドラゴンが登場、英雄ジークフリートに退治されるという話がたくさん伝えられています。この毒のあるドラゴンは、ファーブニル(fevnir)、ファフニール(fefnir)と呼ばれる、大地を震わせて歩く怪物です。
 ドラゴンの心臓に魔力があり、これを食べたジークフリートは鳥の声が理解できるようになり、アルベリッヒの罠にかからずにすんだ。また、ドラゴンを退治したときに浴びた返り血により、ジークフリートは刃を受けても傷つかない体になりました。
 ワーグナーが作曲した楽劇《ニーベルングの指環》の第二夜にジークフリートが登場します。ワーグナーは当初、北欧神話の英雄シグルスの物語をモチーフとした「ジークフリートの死」として着想しましましたが、次第に構想がふくらみ現在の形となりました。
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図4-5 ドラゴンを倒すシグルス コンラート・ディーリッツの作品の模写
【ジョナサン・エヴァンス著 浜名那奈訳 『ドラゴン神話図鑑』より】

4-5.ギリシャ神話ヘラクレス
 ヘラクレスはギリシャの神々の最高神ゼウスを父に、ペルセウスの孫アルクメーネ王女(人間の女)を母として生まれた半神半人。嫉妬深いゼウスの正妻ヘラは、二匹の毒蛇を送り込んで赤ん坊のヘラクレスを殺そうとしますが、これをヘラクレスがつかみ殺したことから長じてギリシャ一の英雄と崇められた人物です。
 ヘラクレスはアルゴスの暴君エウリュステウスに12の難題(12の功業)を命じられる。いずれも困難な無理難題だったが、超人的な力と神々の助けでこれらをやり遂げました。
 この功業が完了した後、ヘラクレスはケンタウルスのネッソスと争い、巫女であったデイアネイラを妻としますが、後に妻子を殺すという悪行も走っています。
 ネッソスの企みによって毒が仕込まれた衣をまとったために、苦痛に耐えられずに自ら火中に身を投じ焼死します。そして、ヘラクレスは天に昇って星座に位置を占めました。
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図4-6 ヘラクレスとヒュドラ(功業第二話)アントニオ・ポライウォロ作
【ジョナサン・エヴァンス著 浜名那奈訳 『ドラゴン神話図鑑』より】

エピローグ

 大天使ミカエルの物語に対して当初は、「天使」と「悪魔」という概念でとらえていました。以下のような解釈もあるので紹介します。
 天にいる一部の天使が反乱を起こす。神はこういう堕落した天使をドラゴンの姿にして天から突き落とす。ドラゴンはもともと竜の形ではなく、天にいた天使がサタン(悪魔)としてドラゴンとなり地上に落とされた。
 龍を語るときに、龍、竜、ドラゴンという言葉が登場しますが、私は、「善い龍」と「悪い竜(ドラゴン)」の2つに使い分けています。文献の中にも同じ考え方もありますが、あえて定義していないものも多く、定説かどうかはわかりません。
【生部 圭助 メルマガIDN 編集後記 第236号 2012/02/15 の内容を追加、修正】

5回 東洋における龍の起源~インド・中国・朝鮮・日本~